「SES辞めたい」と思っているあなたへ|転職4回の経験者が全部答えるQ&A
はじめに:この記事を書いている人
この記事を書いているのは、英語専攻の大学を卒業後、紆余曲折を経てIT業界に飛び込み、SES・商社の社内SE・受託開発会社・大企業のIT部門と、現在までに複数回の転職を重ねてきたエンジニアです。
経歴を簡単にまとめると以下の通りです。
- BPO会社(入社2日目に退職を決断・研修中退職)
- SES会社(約1年3ヶ月在籍)
- 同社分社化後の会社(約1年在籍)
- 服飾系商社の社内SE
- 受託開発会社(Rの会社案件メイン・1年)
- 大企業のIT部門(現在)
「SES辞めたい」「未経験からITに転職できるか」「地方移住って実際どうなの?」——そういった疑問に、きれいごとなしで答えていきます。
就職・転職の原点について
Q. なぜIT業界を選んだのですか?英語専攻なのに意外です。
「手に職をつけたい」という一心でした。英語を活かす仕事も考えていましたが、英語力はあくまでツールであって、それ自体がスキルとしては弱い、と早い段階で感じていました。IT系なら技術さえ身につけば長く食っていけると思い、業界を絞っていきました。ただ正直なところ、最初から「絶対IT」と強く決めていたわけではなく、就職活動を進める中で意志が固まっていった感じです。
Q. 最初に入社したBPO会社はなぜ選んだのですか?
求人票と面接では「様々な部署を経験しながら、希望に沿った配属をする」という説明でした。「手に職をつける可能性がある」と思い入社しました。でも実態は全く違いました。
Q. コールセンター固定と聞かされたのはいつですか?
入社2日目の研修中です。研修担当者から「最低4年はコールセンター業務になる」と説明を受けました。同期全員が衝撃を受けていたのをよく覚えています。求人票・面接で聞かされていた内容とはまったく異なっていました。
Q. 辞める決断は早かったですか?
即断でした。人生の時間を無駄にしたくなかった。加えて、研修中にお寺に2泊させられるプログラムがあって、そこで同室になったグループ会社のIT新卒の人と話す機会があったんです。その話を聞いて「やっぱりITをやりたい」という意志が固まりました。
自分が最初に辞め、その後1〜2年かけて同期もポツポツと辞めていったと後から聞きました。退職時は研修担当者と3回面談し、最後に本社で人事部長と1on1をしました。「辞める意思は変わらないか?」と聞かれ「はい」と答えたら、机の下からあらかじめ用意されていた退職書類がスッと出てきた。「残念だよ」の一言で、その日から有休消化・退職でした。
SESの実態について
Q. SESはどうやって見つけましたか?
転職エージェント経由です。「第二新卒OK」「未経験者歓迎」の求人ばかりを見ていたので、今思えばかなり危ない橋を渡っていたと思います。当時は業界のことをよく知らず、「未経験歓迎」と書いてある会社に飛びつくしかありませんでした。
Q. SESの実態はどうでしたか?
一言でいえば、最悪でした。
- 研修が名ばかり:ネットで拾ってきたVBA問題を解かせるだけ。しかも無給。
- 雇用契約のタイミングがおかしい:案件が決まってから初めて雇用契約を結ぶ形式でした。つまり案件がなければ雇用関係すら発生しない。
- IT関係のない案件が多い:最初の案件はアメリカ大手ソフトウェア会社のAIアシスタントのアノテーション業務。英語力だけで送り込まれました。他のメンバーは電気工事系の案件で、電気技能資格まで取らされていた人もいました。
- みなし残業で最低賃金を下回っていた:後から従業員の指摘で発覚した事実です。
「SESに入れば技術が身につく」とよく言われますが、会社によっては全くそんなことはないというのが実感です。
Q. そんな環境でどうやってスキルを上げたのですか?
自力でやるしかなかったです。最初の案件への電車通勤が片道1時間かかったので、その時間を使ってJavaの本を読み続けました。休日はSlackボットやAndroidアプリを自作してスキルを磨きました。
その結果、3件目でようやくJavaの案件に入れました。会社や現場に期待するのではなく、自分で動かないとスキルは身につかないという教訓はここで得ました。
Q. SESを辞めた決定的な理由は何ですか?
Java案件に入れたのは良かったのですが、その現場の文化が自分には合いませんでした。独自性を求められず、「既存コードのコピペが正解」というスタンス。指導者は40代で「コードを改善しなくていい」という考えの持ち主でした。
「このまま居続けても技術者として成長できない」と判断し、開発終了・テスト中盤というタイミングで、案件と会社の両方を辞めました。分社化前後を合わせると、在籍期間は2年強でした。
転職を繰り返してわかったこと
Q. 商社の社内SEはどうでしたか?
SES時代と比べると、格段に環境は良くなりました。良かった点を挙げると:
- 自分で考えてコードを組める自由がある
- 定時退社(9:00〜17:30)が当たり前の文化
- 自宅からのアクセスが良い
- システム部7名中コードを書けるのが2名だったため、技術面で存在感を発揮しやすかった
一方で、技術力の天井を感じるようになりました。Androidアプリ開発をやってみたいという気持ちが強くなり、次のステップへ進む決断をしました。
Q. 受託開発会社(Rの会社案件メイン)での経験は?
念願のAndroid開発にがっつり携わることができました。メインはAndroid(Kotlin)、サブでiOS(Swift)、Web(Vue.js)、バックエンド(PHP/Laravel)と幅広く経験できたのは良かった点です。
ただ、会社の構造的な問題がありました。役職を与えない独特の文化、社長が何でも知っているふりをするが実は知識が伴っていないという状況。メンバーは長くても3年で辞めていく会社で、自分も1年で退職しました。
Q. なぜ熊本に移住したのですか?
精神的な限界がきっかけです。社長との面談での嫌な発言、炎上案件で相方のエンジニアが突然退職し、一人で大きなプレッシャーを抱える状況になりました。精神的に体調を崩し、退職を決断しました。
移住先に熊本を選んだ理由は、妻の実家が近い(妻の父方の実家がある)こと、そして自分が大分県出身であること。九州への地元回帰という感覚です。退職前に転職活動を行い、次の職場を決めてから辞めました。
大企業のIT部門に入ってわかったこと
Q. 大企業のIT部門はSESや受託とどう違いますか?
働き方の安定感が全く違います。大企業のIT部門では、業務プロセスや意思決定の流れが整備されており、個人の裁量よりも組織のルールに従って動くことが求められます。受託やSESのように「スピード感でなんとかする」文化とは真逆です。
エンジニアとしての腕を磨くよりも、業務理解・社内調整・ベンダー管理といったスキルが重要になる局面も多い。純粋な技術力を追い求める人には物足りなさを感じる場合もありますが、安定したキャリアを築きたい人には向いています。
読者別アドバイス
未経験からITを目指している人へ
今はAIがあって、以前よりはるかに勉強しやすい環境です。学生なら、今すぐ何か作り始めることをすすめます。「作る楽しさ」を体感してから就職すると、その後の成長速度が全然違います。
社会人であれば、辞める前にポートフォリオを作ってください。転職活動のアピール材料になりますし、「本当にITが好きかどうか」を確かめる機会にもなります。
SESを辞めたいと思っている人へ
まず、精神的に辛いなら今すぐ辞めて休んでください。仕事よりも自分の健康が大事です。
精神的に追い詰められていないなら、次の目標を決めてから動くことを強くすすめます。「どんな技術を身につけたいか」「どんな会社に行きたいか」を明確にしてから行動する。そして、必ず次を決めてから辞めること。次がない状態で辞めると、焦りから変な判断をしやすくなります。自分自身もそれは徹底しました。
地方移住を考えているエンジニアへ
東京の満員電車にうんざりしているなら、移住はアリだと思います。地方でも車があれば渋滞はありますが、満員電車のストレスとはまた別種のものです。個人的には、満員電車よりはずっとましだと感じています。
ただ、地方でもIT求人が多いのは、福岡・大阪・札幌など、ある程度栄えているエリアです。リモートワークが可能な職種であれば選択肢は広がりますが、「とにかく田舎に行きたい」だけで動くのはリスクがあります。生活環境と求人バランスを確認してから動きましょう。
まとめ:キャリアに正解はないが、判断軸は持てる
振り返ってみると、SES時代の苦い経験があったからこそ「自力でスキルを身につける習慣」ができました。コールセンター固定の会社をすぐ辞めたことも、長期的に見れば正しい判断でした。
ただし、全ての判断が正解だったとは言いません。もっと早く環境を変えれば良かった場面もありましたし、精神的に追い詰められる前に手を打てた場面もあったと思います。
一つ言えるのは、辞めるにしても続けるにしても、判断軸を自分の中に持つことが重要だということです。「なんとなく辛いから辞める」のではなく、「この環境では○○が達成できないから次へ行く」という理由を持って動くと、後悔が少なくなります。
SES・転職・地方移住のどれについても、具体的な疑問があればコメント欄で聞いてください。経験の範囲で答えます。
