お市の方はなぜ柴田勝家と共に自害を選んだのか|浅井長政の時との違いを史料で整理する
お市の方はなぜ北庄城で柴田勝家と共に自害を選んだのか。浅井長政の滅亡時には娘たちと生き延びた人が、二度目は逃げなかった理由を「渓心院文」など史料と研究者の見解から整理し、生存説など俗説との違いも確認します。

お市の方はなぜ北庄城で柴田勝家と共に自害を選んだのか。浅井長政の滅亡時には娘たちと生き延びた人が、二度目は逃げなかった理由を「渓心院文」など史料と研究者の見解から整理し、生存説など俗説との違いも確認します。
お市の方は小谷城落城では生き延び、10年後の北庄城では自害を選びました。同時代史料『柴田退治記』と江戸期の覚書『渓心院文』を区別しながら、自害の理由をめぐる通説と俗説、生存説や出自の論争まで整理します。
お市の方はなぜ三人の娘だけを城から出し、自分は柴田勝家と共に自害したのか。最期を伝える『渓心院文』の記述、勝家と再婚した理由、勝家が秀吉と戦うに至った経緯を史料の確度を分けて整理します。