桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのか|『信長公記』から史実を整理する
桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのか。『信長公記』の記述、明治期に陸軍参謀本部がまとめた戦史、1982年以降の正面攻撃説を出典ごとに分けて、奇襲という通説の出どころと、史料から言えることを整理します。

桶狭間の戦いは本当に奇襲だったのか。『信長公記』の記述、明治期に陸軍参謀本部がまとめた戦史、1982年以降の正面攻撃説を出典ごとに分けて、奇襲という通説の出どころと、史料から言えることを整理します。
赤壁の戦いで曹操はなぜ大敗したのか。正史『三国志』の原文が伝える交戦の不利と疫病、借東風や苦肉の計など『三国演義』の創作、兵力80万の真偽までを史料に沿って整理します。
旭姫(朝日姫)はなぜ徳川家康に嫁いだのか。小牧・長久手の戦い後も臣従しない家康を、豊臣秀吉が妹の輿入れと母・大政所の人質下向で懐柔した経緯を、年表と諸説(離縁の時期・前夫の名)を交えて史料から整理します。
織田信長はなぜ比叡山焼き討ちを行ったのか。浅井・朝倉方への加担という直接の引き金、『信長公記』『言継卿記』が記す被害、「全山大虐殺」というイメージの見直し、明智光秀の諫言逸話の真偽まで、史料と研究から史実を整理します。
豊臣秀吉はなぜ朝鮮出兵(唐入り)を行ったのか。明征服をめざす対外的な志向と、大名統制という内政上の要請の両面から、文禄・慶長の役の経緯を年表で整理します。「老齢による誇大妄想」説の扱いや、研究者のあいだで分かれる論点も典拠付きで紹介します。
大久保利通はなぜ暗殺されたのか。明治11年5月14日の紀尾井坂の変を、斬奸状に示された藩閥専制への批判、秩禄処分による士族の困窮、西南戦争の結末という複数の要因から、事典・研究者の解説をもとに整理します。確認できない俗説との区別も解説します。
邪馬台国はどこにあったのか、卑弥呼は誰だったのか。『魏志倭人伝』に書かれた事実と、畿内説・九州説など研究者の間で分かれる論点を分けて整理。箸墓古墳や記紀の人物への比定説も、断定せずに根拠とともに解説します。
北条政子が「尼将軍」と呼ばれた理由を史実で整理します。政子は将軍職に就かず、頼朝の死後に出家した「後家尼」の立場から幕府を主導しました。呼び名が同時代のものではない点、承久の乱の演説の実際、比企能員の変をめぐる諸説まで解説します。
聖徳太子は実在したのか。厩戸皇子という皇族の実在と「聖徳太子」として伝わる人物像を分け、日本書紀・懐風藻などの史料と、大山誠一氏の虚構説をめぐる論争の現在地を整理します。
岩倉使節団はなぜ欧米へ渡ったのか。廃藩置県直後の政治状況、明治5年に迫った条約改正の期日、アメリカでの全権委任状問題から派遣の理由を整理し、条約改正の不成功と帰国後の影響、評価が分かれる論点まで史料に沿って解説します。