真田十勇士は本当に実在したのか|史料からわかること
真田十勇士は実在したのか。猿飛佐助や霧隠才蔵の武勇伝は大正期の講談本「立川文庫」の創作と考えられています。名前が江戸期の軍記物にさかのぼる4人、真田家が実際に使った「忍び」、出浦昌相をめぐる論争まで史料から整理します。

真田十勇士は実在したのか。猿飛佐助や霧隠才蔵の武勇伝は大正期の講談本「立川文庫」の創作と考えられています。名前が江戸期の軍記物にさかのぼる4人、真田家が実際に使った「忍び」、出浦昌相をめぐる論争まで史料から整理します。
真田信繁(幸村)はなぜ大坂の陣で豊臣方についたのか。九度山での14年の蟄居、秀頼方からの誘いと支度金、「信濃一国」勧誘の逸話の真偽、恩義説と武名説の両論まで、史料で確かめられることと後世の物語を分けて整理します。