紫ウニ(Strongylocentrotus purpuratus)の群れ
Nature

ウニはなぜ目がないのに周りを「見て」いるのか|トゲと管足が担う視覚の仕組み

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磯の岩陰でじっとしているウニを見て、「この生き物は自分の周りが分かっているのだろうか」と思ったことはないでしょうか。頭も顔もなく、眼らしいものも見当たりません。ところが近年の研究は、ウニが光の明暗を手がかりに物体の位置をとらえている可能性を示しています。ここではウニがなぜ「見える」のか、確かめられていることと、まだ分かっていないことを分けて整理します。

結論:ウニは管足とトゲで周囲を「見て」いる

ウニには、眼と呼べる独立した器官はありません。にもかかわらず、水槽の壁に置かれた暗い円盤に近づいたり離れたりする反応が実験で観察されています。手がかりになっているのは、トゲの間から伸びる無数の管足(かんそく)です。

管足には光を感じる細胞が並んでおり、密生したトゲがその周囲で光を遮る「ひさし」のように働くことで、方向ごとの明暗差が生まれると考えられています。つまり体全体がひとつの粗い複眼のように機能している、という理解です。輪郭やコントラストは分かっても、色や細部までは見えていないとみられます。

ただし、この仕組みを裏づける主要な実験はいずれも北米太平洋沿岸に分布する紫ウニ(Strongylocentrotus purpuratus)で行われたものです。日本沿岸で身近なバフンウニなどで同じ結果が得られるかは、公開されている研究からは確認できませんでした。以下、根拠となるデータを順に見ていきます。

紫ウニ(Strongylocentrotus purpuratus)の群れ

出典: Purple Sea Urchins (7622488604) by Ed Bierman / CC BY 2.0

研究データで見るウニの視覚

ウニの「視覚」について語られる話は、複数の研究が積み重なってできています。どの研究が何を示したのかを最初に一覧にしておきます。表中の「オプシン」は、光をとらえるタンパク質のもとになる遺伝子のことです。

研究 対象 分かったこと
Ullrich-Lüter et al. 2011(PNAS) 紫ウニ 管足にオプシン遺伝子を発現する光受容細胞が存在する
Yerramilli & Johnsen 2010(JEB) 紫ウニ 直径9cmの暗い円盤には反応、6cmには反応せず
Notar et al. 2022(ICB) 正棘ウニ類30種 トゲの密度は視覚関連の環境要因と相関しない
Garm & Nilsson 2014(Proc R Soc B) ヒトデ Linckia laevigata 腕の先の眼点でサンゴ礁のシルエットを認識する

PNAS(米国科学アカデミー紀要)、JEB(Journal of Experimental Biology)、ICB(Integrative and Comparative Biology)、Proc R Soc B(Proceedings of the Royal Society B)は、いずれも研究者の審査(査読)を経て掲載される学術誌の略称です。

ウニとはどんな生き物か|分類・生息域・大きさ

ウニは棘皮動物門ウニ綱(Echinoidea)に属する動物で、ヒトデやナマコと同じ仲間です。日本分類学会連合の日本産生物種数調査によると、日本産のウニ綱は9目・少なくとも約161種が知られています。ひとくちに「ウニ」といっても中身はかなり多様です。

日本沿岸で普通に見られる代表種がバフンウニで、学名は Hemicentrotus pulcherrimus (A. Agassiz, 1863)、カマロドンタ目オオバフンウニ科バフンウニ属に分類されます(JAMSTEC BISMaL)。殻径は約4cmほどで、本州から九州に分布し、北海道南端でもまれに見られ、岩の下や隙間に生息します(鶴岡市立加茂水族館 生物図鑑)。

視覚の研究で使われてきた紫ウニとは、同じオオバフンウニ科までは共通するものの別種です。この違いは記事を読み進めるうえで重要なので、先に整理しておきます。

項目 紫ウニ バフンウニ
学名 Strongylocentrotus purpuratus Hemicentrotus pulcherrimus
主な分布 アメリカ太平洋沿岸 本州〜九州(北海道南端でもまれ)
大きさの目安 殻径約4cm
視覚研究 PNAS 2011・JEB 2010の実験対象 同様の実験は確認できていない

※紫ウニの大きさは、今回参照した出典では確認できませんでした。

市場に並んだバフンウニ(Hemicentrotus pulcherrimus)

出典: Hemicentrotus pulcherrimus in market by Totti / CC BY-SA 4.0

光を感じているのはトゲではなく管足

「ウニはトゲで見る」という表現をよく見かけますが、光そのものを受け取っているのはトゲではありません。役割分担を分けて見ていきます。

管足に約20万個の光受容細胞

Ullrich-Lüter et al. (2011) PNAS は紫ウニのゲノム解析から、多数ある管足にオプシン遺伝子(Sp-opsin4)とSp-pax6遺伝子を発現する2種類の光受容細胞群があることを確認しました。オプシンは光をとらえるタンパク質のもとになる遺伝子です。

報告によれば、その数は管足1本あたり最大140個、1個体の全身で約20万個にのぼります。眼という一点集中の器官を持たない代わりに、受光素子を体表全体にばらまいた構成といえます。

トゲは光を遮る「ひさし」として働く

では、なぜトゲが視覚の話に出てくるのでしょうか。密生したトゲが特定の方向からの光を遮ると、管足ごとに届く光の量に差が生まれ、方向の情報が取り出せると考えられているためです。カメラでいえばレンズではなく、遮光フードに近い役割です。

なお、トゲの付け根が球関節と筋肉で可動する、といった構造の解説は一般向けの記事でよく見られますが、今回のリサーチでは研究機関・博物館の一次資料で裏づけを取れませんでした。断定はせず、参考程度にとどめておきます。

トゲの間から伸びるウニの管足

出典: Sea urchin Tube feet extended past the Spines by Jerry Kirkhart / CC BY 2.0

ウニはどのくらい「見えて」いるのか

解像度を推定した実験もあります。Yerramilli & Johnsen (2010) Journal of Experimental Biology は、明るい水槽の壁面に暗い円盤を置き、紫ウニの動きを観察しました。

結果は明快で、直径9cmの円盤には接近や回避といった反応を示した一方、直径6cmの円盤には反応しませんでした。ここから、ウニの視力は視角にしておよそ8〜10度程度の粗い解像度と推定されています。直径6cmの円盤が見分けられないという結果からも、細部までは判別できないぼんやりした世界であることがうかがえます。

この数値は実験室条件での紫ウニの結果であり、自然の海中で同じ性能が発揮されるかどうかは別の問題として扱う必要があります。それでも「岩陰という暗い塊に向かう」程度の行動には十分な解像度といえます。

トゲの密度は本当に視覚のためなのか|説が分かれる点

トゲが遮光の役割を担うなら、トゲが密な種ほど解像度が高いはずです。この予測を検証したのがNotar, Meja & Johnsen (2022) Integrative and Comparative Biology の比較形態学的研究でした。

正棘ウニ類(トゲが密生する系統のウニのグループ)は24科あり、そのうち22科・30種を対象に解析されました。結果、トゲ密度の違いは種どうしの進化的な近さでほぼ説明できてしまい、生息環境の明るさ・複雑さ・水温といった視覚に関わる環境要因とは有意な相関が見られませんでした。統計的には「Pagel’s λ」という、近縁な種ほど似た性質を持ちやすい度合いを示す指標がほぼ1.0という結果で、これは「血縁が近い種ほどトゲの密度も似ていた」というだけで、ほぼ説明がついてしまったことを意味します。環境要因の出る幕はなかった、ということです。

トゲに覆われたウニ(ウニ綱)

出典: Sea urchin 01 by Abhija.s / CC BY-SA 4.0

この結果は「トゲ密度は視覚のための適応形質だ」という初期の見方に疑問符をつけるものです。一方で、管足に光受容細胞があること自体(PNAS 2011)や、行動レベルで物体に反応すること(JEB 2010)は否定されていません。現時点では、光を感じる仕組みは確かにあるが、トゲの密度がその性能を決めているとは言い切れない、という状態と整理するのが妥当でしょう。

近縁のヒトデも「見て」いるのか

目を持たない生き物の視覚は、ウニだけの話ではありません。Garm & Nilsson (2014) Proceedings of the Royal Society B は、ヒトデの一種 Linckia laevigata が5本の腕それぞれの先端に複眼状の眼点を持つことを示しました。

この研究では、眼点によって暗いサンゴ礁のシルエットを認識し、元いた場所に戻る帰巣行動に利用していることが確認されています。体の中心ではなく末端に受光部を分散させる点は、管足に光受容細胞を分布させるウニと発想が似ています。

棘皮動物は体の前後がはっきりしない放射相称の体制を持ち、脳にあたる中枢もありません。その制約のなかで光の情報を扱うには、体表に受光部を分散させるのが理にかなっているのかもしれません。ただし、ここまで一般化してよいかは今後の研究を待つ必要があります。

腕を放射状に広げたヒトデ

出典: Starfish by Dlloyd / CC BY-SA 3.0

ウニを実際に観察するには

生きたウニを間近で見たい場合は、水族館が確実です。山形県の鶴岡市立加茂水族館は公式の生物図鑑でバフンウニを紹介しており、三重県の鳥羽水族館も同種を図鑑ページに掲載しています。

ただし図鑑への掲載と、その時点での展示の有無は別です。展示状況は入れ替わるため、訪問前に各館の公式サイトで最新情報を確認してください(2026-08-29時点の情報です)。

磯で探す場合、バフンウニは岩の下や隙間に潜んでいます。ウニ綱には鋭いトゲを持つ種も含まれ、種の判別は容易ではありません。素手で扱わず、観察は見るだけにとどめるのが安全です。

まとめ

ここまでの内容のうち、研究によって確認されている点を改めて整理すると、次のとおりです。

  • 紫ウニの管足には、光を感じる細胞が全身で約20万個ある(PNAS 2011)
  • 直径9cmの暗い円盤には反応し、6cmには反応しないという実験結果から、視角にしておよそ8〜10度程度の粗い解像度があると推定されている(JEB 2010)
  • 近縁のヒトデの一種は、腕先端の眼点でサンゴ礁のシルエットを認識し、帰巣行動に利用している(Proc R Soc B 2014)

ウニに眼はありませんが、管足に分布する光受容細胞と、光を遮るトゲの組み合わせによって、体全体で明暗のコントラストをとらえていると考えられています。輪郭レベルの情報なら扱えることが、実験によって示されているわけです。

一方で、2022年の比較研究はトゲの密度と視覚関連の環境要因に相関がないことを示し、「トゲが解像度を決める」という説明には慎重さが求められる段階にあります。また、これらの実験の多くは紫ウニで行われたもので、日本沿岸のバフンウニで同じ結果が得られるかは今後の検証を待つ必要があります。分かっていることと、まだ検証途中のことを分けて眺めると、この生き物の見え方はいっそう興味深くなります。

次に磯や水族館でウニを見かけたら、トゲの間から伸びる細い管足を探してみてください。あの半透明の管こそが、ウニにとっての「目」にあたる部分です。より深く知りたい方は、本文で挙げたPNASやJournal of Experimental Biologyの論文ページを直接読んでみるのもおすすめです。

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