モササウルスは本当に泳ぐのが苦手だったのか|研究データからわかっていることを整理する
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白亜紀の海を支配した巨大な海生爬虫類、モササウルス。ウェブ上では「実は高速で泳げた」という説明をよく見かける一方で、「泳ぐのが苦手だった」という見方も紹介されます。どちらが実際の研究に近いのか、モササウルス属(Mosasaurus)に絞って確認できるデータだけを並べて整理します。

出典: Mosasaurus hoffmannii 1 by Emőke Dénes / CC BY-SA
モササウルスは本当に泳ぐのが苦手だったのか
結論から言えば、「泳げなかった」は言い過ぎです。ただし「近縁のどの種よりも速く泳げた」という言い方も、研究データからは支持しにくいのが実情です。
モササウルス属は、同じモササウルス亜科(Mosasaurinae、モササウルス科の中の一グループ)に属し外洋に特化したPlotosaurus属(プロトサウルス属)ほどには、持続的な高速遊泳へ特化した体つきではなかったと考えられています。むしろ待ち伏せて一気に距離を詰めるタイプの捕食者だった可能性が、複数の研究から示されています。
なお「モササウルス」という言葉は、モササウルス科(Mosasauridae)全体、その中のモササウルス亜科(Mosasaurinae)、そしてタイプ属であるモササウルス属(Mosasaurus)という3つの階層で使われます。以下で紹介する研究がどの階層を指しているかを意識すると、ウェブ上でよく見る「速く泳げた」という説との食い違いも理解しやすくなります。
つまり「速いか遅いか」ではなく「何のための泳ぎか」で評価が変わります。長距離を効率よく巡航する能力では特化した近縁属に及ばない一方、獲物に襲いかかる瞬発力は十分に強力だった、という理解が研究データと整合的です。

出典: Mosasaurus hoffmannii – skeleton by Ghedoghedo / CC BY-SA 3.0
モササウルスとはどんな生き物か
モササウルス属は、爬虫綱・有鱗目(トカゲやヘビを含むグループ)のモササウルス科に分類される絶滅した海生爬虫類と考えられています。タイプ種 Mosasaurus hoffmannii は1829年にGideon Mantellが命名し、模式標本(IRSNB R0026a-f)はベルギー・リンブルク州サンピエール山の後期白亜紀マーストリヒチアン期の地層から産出しました。この標本はベルギー王立自然科学研究所(RBINS)が所蔵しています。
大阪市立自然史博物館の解説では、モササウルス科は約7000万年前の海にすんだ肉食性の海生爬虫類とされ、日本でも和歌山県橋本市でモササウルス類の歯化石が見つかっています。全長は情報源によって幅がありますが、大型種は10mを超えたとされます。

出典: MosaScale by Slate Weasel / CC0
なぜ「泳ぐのが苦手」という見方が出てくるのか
細長い体型は「待ち伏せ型」に分類されてきた
Judy A. Massare(ロチェスター大学地質科学科)は1988年、中生代の海生爬虫類115標本の体型と遊泳能力を分析しました。モササウルス類のような細長い体型(elongate-bodied)の種は最大持続遊泳速度が遅く、待ち伏せ型の捕食(ambush predation)に適した体型に分類されています(Massare 1988, Paleobiology)。対照的に、深い体型(deep-bodied)のイクチオサウルス類は持続的な高速遊泳が可能な追跡型捕食者に位置づけられました。この分類は、後述する「待ち伏せ・バースト型」の見方の土台になっています。
尾びれは近縁属ほど特化していなかった
Lindgren, Polcyn & Young(2011年)はモササウルス亜科4属の尾を比較し、体をくねらせるアンギリフォーム遊泳(現生オオトカゲ類に近い)から、サメのような高アスペクト比の尾びれを使うカランギフォーム遊泳へ段階的に進化したと報告しました(Paleobiology、解説記事)。この系列でモササウルス属は「尾が複数の機能領域に分化した」中間的な段階に置かれ、最も派生的だったのは外洋性のPlotosaurus属だとされます。効率化が進む系譜の途上にモササウルス属を位置づける、「巡航型」寄りの見方です。
Song & Lindgren(2025年12月公開)は幾何学的形態測定学で尾びれ形状をサメと比較し、Plotosaurus属が最も左右対称でアオザメ類に似た尾びれを持つ一方、モササウルス属を含む大型種の尾びれは「標準的なカランギフォルム泳法」に対応した、Plotosaurusほど特化しないものだったと報告しています(Paleobiology)。Lindgren et al.(2011)と同じ「巡航・効率重視」の系譜に立つ結果です。
前肢を使った「平泳ぎ」で加速していた可能性
Kiersten Formoso(南カリフォルニア大学博士課程)とMike Habib(同大学解剖学科)は2019年9月、米国地質学会(GSA)年次大会で胸部骨格の分析を発表しました。異常に大きく低い位置にある胸部骨盤が強力な前肢の筋肉付着を支えており、尾による巡航に加えて前肢を使ったバースト加速を奇襲に用いた可能性を指摘しています。
モササウルスは尾を使った遠距離遊泳と、前肢を使った短時間の加速という、他の動物にはない独特の遊泳方法を用いていました(Kiersten Formoso)
これは査読論文ではなく、学会発表段階の知見として報じられたものです(Smithsonian Magazine、ScienceDaily)。Massare(1988)の体型分類と合わせて、「待ち伏せ・バースト型」寄りの見方を補強する知見です。

出典: A life reconstruction of Mosasaurus feeding on a juvenile abelisaurid by Jonagold2000 / CC BY-SA 4.0
「速く泳げた」という通説はどこから来たのか
日本語のウェブ記事でよく見る「モササウルスは実は高速で泳げた」という説明の多くは、2008年にヨルダンの採石場で見つかった軟組織の尾びれ痕跡(三日月型の尾びれ)の化石を根拠にしています。ただしこの標本はモササウルス科のプログナトドン属(Prognathodon)のもので、モササウルス属そのものではありません(ナショナルジオグラフィック日本版)。
先述のとおり「モササウルス」は科・亜科・属の3階層で使われるため、別属(この場合はプログナトドン属)の研究成果が、モササウルス属や科全体の性質であるかのように紹介される例が少なくありません。
諸説が分かれる点:巡航型か、待ち伏せ型か
ここまでの4つの研究を整理すると、立場は大きく2つに分かれます。Lindgren et al.(2011)とSong & Lindgren(2025)は「巡航・効率重視」の系譜にモササウルス属を位置づける説(説A)、Massare(1988)とFormoso & Habib(2019)は「待ち伏せ・バースト力重視」の説(説B)です。
両説は「モササウルス属の尾びれはPlotosaurus属ほど特化していない中間的なものだった」という点では一致しています。分かれているのは、その中間的な体で何を優先したのか(持続速度か瞬発力か)という解釈で、ここは一義的に決着していません。
尾びれと泳ぎ方を近縁種と比べる
| 分類群 | 体・尾びれの特徴 | 推定される泳ぎ方 |
|---|---|---|
| モササウルス属 | 細長い体型。尾が複数の機能領域に分化した中間段階 | 標準的なカランギフォーム。待ち伏せ+バースト加速とする説も |
| Plotosaurus属 | 左右対称に近い、アオザメ類に似た尾びれ | 外洋性で、最も派生的な高効率の遊泳 |
| プログナトドン属 | 軟組織で三日月型の尾びれ痕跡が確認された | 尾びれによる推進(2008年ヨルダン産標本) |
| イクチオサウルス類 | 深い体型(deep-bodied) | 持続的な高速遊泳による追跡型の捕食 |
| 現生オオトカゲ類 | 細長い体を左右にくねらせる | アンギリフォーム。モササウルス類の原始的段階に近いとされる |
同じモササウルス科でも、属によって尾びれの形と泳ぎ方の推定はこれだけ異なります。「モササウルス類=速い」と一括りにできない理由がここにあります。
モササウルス類の化石が見られる場所
- ベルギー王立自然科学研究所(RBINS): タイプ種 M. hoffmannii の模式標本を所蔵
- 御所浦恐竜の島博物館(熊本県天草市): 特別展「モササウルスと海の古代生物」を2026年7月18日〜9月23日に開催中。アジア唯一とされるモササウルス類の全身骨格「ワカヤマソウリュウ」などを展示(モササウルス属ではなく別属)
- むかわ町立恐竜博物館(北海道むかわ町): 国内産モササウルス類として初めて全身復元骨格が作られた「フォスフォロサウルス・ポンペテレガンス」(別属)のレプリカを常設展示
会期や展示内容は2026-09-11時点の情報です。来館前に各館の公式サイトで最新情報を確認してください。

出典: MosasaurMaastricht080910 by Mark A. Wilson / パブリックドメイン
まとめ
モササウルスが「泳ぐのが苦手だった」のか「速く泳げた」のかは、二択で答えられる問いではありません。持続的な巡航という物差しでは特化した近縁属に及ばず、待ち伏せからの瞬発的な加速という物差しでは有利だった可能性がある、というのが研究データから言える範囲です。
ウェブで見かける遊泳能力の説明に出会ったら、それが科・亜科・属のどの階層の話なのかを確かめてみてください。開催中の特別展で実物の骨格を眺めると、尾の付き方や前肢の大きさが「どんな泳ぎ方のための体か」を考える手がかりになります。
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