スバールバル北部の流氷上で、捕らえたヒゲアザラシのそばにいるホッキョクグマ
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ホッキョクグマはなぜ内陸の川に現れるようになったのか|海氷減少と採食行動の研究から整理する

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結論|ホッキョクグマが内陸の川に現れる理由を先に整理する

海に浮かぶ氷の上でアザラシを狙う動物、というのがホッキョクグマの一般的なイメージでしょう。ところが夏になると、海岸から離れた内陸の川にホッキョクグマが現れるという話が伝えられるようになりました。なぜ、海の動物が川へ向かうのでしょうか。

研究データから説明できる背景は、次の3点に整理できます。

  1. 海氷が張っている期間が短くなり、陸の上で過ごす期間が延びている
  2. 陸上では十分に餌が取れず、体脂肪を1日あたり約1kgのペースで失っている
  3. 川は、遡上する魚が季節的に一か所へ集中する、陸上では数少ない「密度の高い食料源」になりうる

ただし、最初に線を引いておきたいことが2つあります。ひとつは、この現象が世界中のホッキョクグマに一様に起きているわけではないこと。海域ごとに個体群の状態は大きく違い、体況が悪化している地域もあれば、逆に向上している地域もあります。

もうひとつは、カナダ北東部ラブラドール半島の川での採食行動そのものを検証した査読論文(専門家による審査を経て学術誌に掲載された論文のことです)は確認できていないことです。以下では、確かめられている研究結果と、まだ確かめられていないことを分けて見ていきます。

ホッキョクグマはどんな動物か|学名・大きさ・本来の暮らし

ホッキョクグマの学名はUrsus maritimus、食肉目(Carnivora)クマ科(Ursidae)に分類されます(国立科学博物館 海棲哺乳類データベース)。種小名の maritimus は「海の」を意味し、その名のとおり唯一の海洋性のクマです。IUCNレッドリストでの評価カテゴリーは危急種(VU: Vulnerable)とされています。危急種は、IUCNが「絶滅のおそれがある」と位置づける3段階(危急・絶滅危惧・深刻な危機)のうち最も軽い段階ですが、もう一段階深刻になれば「絶滅危惧」に区分される、すでに絶滅のリスクが指摘されている状態です。

体の大きさは、体長200〜300cm、体重175〜650kg、寿命は約25〜30年が目安です(旭川市旭山動物園)。体重の性差は大きく、サンディエゴ動物園の解説では、メス成獣が約150〜250kg(妊娠期には出産前に450kgを超えることがある)、オス成獣が約300〜635kg(記録個体は770kg超)とされています。クマ科でありながら冬眠はせず、主にアザラシ類を氷の上で捕食します。

「アザラシ食」は印象論ではありません。ヌナブト準州フォックスベイスンで2010〜2012年に採取されたホッキョクグマ103頭の脂肪組織を脂肪酸分析した研究では、北部・南部フォックスベイスンでワモンアザラシが主要な餌、ハドソン海峡ではワモンアザラシとタテゴトアザラシがほぼ同比率でした。加えて、ホッキョウクジラの死骸がすべての地域・年齢・性別のクマの食性に寄与していたことも示されています(Galicia et al., Ecology and Evolution)。つまりホッキョクグマの栄養は、もともと海から来ています。

スバールバル北部の流氷上で、捕らえたヒゲアザラシのそばにいるホッキョクグマ

出典: 「Polar bear (Ursus maritimus) with its prey」 by Andreas Weith / CC BY-SA 4.0(2015年7月31日、ノルウェー・スバールバル北部で撮影)

なぜ「内陸の川」なのか|海氷減少と採食行動の仕組み

1. 海氷が消えている間、クマは陸に閉じ込められる

ホッキョクグマにとって海氷は、移動路であると同時に狩り場です。カナダのハドソン湾では夏から秋にかけて海氷が完全に消失し、クマは3〜4か月(妊娠中のメスは最大8か月)を陸上で過ごすことを強いられます。この期間は基本的に絶食状態で、1日あたり約1kgの体脂肪を失うと報告されています(Polar Bears International)。

海氷が戻るのが遅くなれば、この絶食期間はそのぶん長くなります。「内陸に現れる」という現象の出発点は、クマが陸を好きになったからではなく、氷の上に戻れない時間が延びていることにあります。

2. 陸の食べ物では、収支が合わない

では陸上で何を食べているのか。カナダ・マニトバ州ハドソン湾西部で2006〜2008年に採取された糞便642サンプルの分析では、氷が無い時期の食物としてカリブー、ハクガン、卵、海藻、キノコ、ベリー類、草本などが確認されました(Gormezano & Rockwell, Ecology and Evolution)。クマは陸でも、食べられるものを幅広く口にしています。

問題は、それでエネルギー収支が埋まるかどうかです。米地質調査所(USGS)は2019〜2022年の8〜9月、カナダ・マニトバ州ワプスク国立公園でホッキョクグマ20頭(成獣メス8・成獣オス5・若年メス4・若年オス3)にGPS内蔵ビデオ首輪を19〜23日間装着し、日々のエネルギー消費と体組成の変化を追跡しました。採食行動の内訳は94%が植生、56%がベリー類、39%が鳥の死骸。それにもかかわらず、20頭中19頭が体重を減らし、減少幅は1日あたり平均約1.0kgに達しました(Pagano et al., Nature Communications)。

草やベリーをいくら食べても、アザラシの脂肪に代わる熱量にはならない、ということです。裏を返せば、陸上で「割に合う」食料があるとすれば、それは脂の乗った、まとまった量が一度に手に入るものに限られます。

GPS内蔵ビデオ首輪を装着した成体オスのホッキョクグマが、カナダ・ワプスク国立公園の海岸を歩く(USGS、パブリックドメイン、撮影: Anthony Pagano)

出典: USGS(Public Domain、撮影: Anthony Pagano)

3. 川は「季節的に濃縮された食料」が現れる場所

その条件に当てはまるのが、遡上魚が集まる川です。ホッキョクイワナ(Arctic char, Salvelinus alpinus)のような魚は、時期が来ると川筋へ集中します。散らばった草やベリーを1日中かき集めるより、魚が濃縮された浅瀬へ行くほうが、時間あたりの見返りは大きくなりえます。

ホッキョクグマが実際に魚を捕る様子は、査読論文でも記録されています。ヌナブト準州クレスウェル湾では、若いオスのホッキョクグマ1頭が素潜りでホッキョクイワナとヨツバコエガクジャクを捕食する様子が観察されました。潜る前にシュノーケリングのように水面をのぞき込む行動を伴う6回の探索行動が記録され、これはホッキョクグマが潜水して魚を捕まえた最初の直接観察例とされています(Dyck & Romberg, Polar Biology, 30, 1625-1628、要約)。

ただし、この観察地はヌナブト準州であり、話題になっているラブラドール半島とは別の地域です。「ホッキョクグマが魚を捕ることがある」ことと、「ラブラドール半島の川に季節的に集まる行動が確立している」ことは、別々に検証されるべき事柄だと考えられます。

海域によって結果が分かれている|ハドソン湾西部とスバールバル

ここが、この話でもっとも誤解されやすい部分です。「海氷が減った→ホッキョクグマは陸へ→全個体群が痩せていく」と一直線に考えたくなりますが、研究結果は海域ごとに分かれています。

海域・個体群 個体数・体況の推定 陸上滞在の目安 確認されている主な代替食料 評価
ハドソン湾西部(カナダ) 航空調査で2011年に949頭、2021年に618頭。2011〜2016年に11%減、2016〜2021年に27%減の推定 3〜4か月(妊娠中のメスは最大8か月) 植生、ベリー類、鳥の死骸、カリブー、ハクガン、卵、海藻 20頭中19頭が体重減少。陸上の餌では補えていない
スバールバル諸島(バレンツ海西部) 成獣770頭・延べ1,188回の捕獲データ(1995〜2019年の3〜5月)で、体況指数(BCI)が2000年以降オス・メスともに向上 研究では言及範囲外 トナカイ、セイウチなど陸上の代替食料の利用増加 海氷が急減した期間にもかかわらず体況は向上
デイビス海峡(ラブラドール半島を含む) 2005〜2007年調査で約2,190頭、2017〜2018年調査で約1,944頭 公開情報で確認できず 公開情報で確認できず 年換算では約1%の減少ペース(急減ではない水準)。この数字をもって研究者は「概ね良好」ともコメント

数字を抜きにひとことでまとめると、ハドソン湾西部は陸に十分な代替の餌が見つからず個体群が痩せていっている海域、スバールバルは陸の餌にある程度恵まれて体格を保てている海域、ということです。

ハドソン湾西部は、Polar Bears Internationalが政府調査データをまとめたとおり、1980年代と比べて概ね半減という評価も出ている地域です。一方、ノルウェー極地研究所などのチームがスバールバル諸島で行った長期研究では、逆の結果が出ました。海氷が急速に減少した期間にもかかわらず体況指数は向上しており、トナカイやセイウチなど陸上の代替食料の利用増加が一因と考えられています(Aars et al., Scientific Reports)。

研究チームのJon Aars氏は「海氷が大きく失われた時期に体況が向上したのは驚きだった」と述べています(phys.org、2026年1月30日配信)。同じ種でも、餌となる陸上動物が豊富かどうか、絶食期間がどれだけ延びるかによって、結果は逆向きになりうるということです。どちらか一方を「ホッキョクグマ全体の傾向」として語ることはできません。

カナダ・マニトバ州チャーチル近郊の陸上で、成体オスのホッキョクグマが他の2頭と交流する一人称視点の画像(USGS、パブリックドメイン、撮影: Anthony Pagano)

出典: USGS(Public Domain、撮影: Anthony Pagano)

まだ分かっていないこと

読者としていちばん知りたいのは「ラブラドール半島の川に集まる行動は、本当に新しい現象なのか」でしょう。ここは正直に書きます。この現象そのものを直接検証した査読論文や政府機関の一次資料は、確認できていません。

現地の観光ロッジのツアー案内サイトでは「この行動はラブラドール半島でしか観察されておらず、記録がほとんどない」と紹介されていますが、これは営利目的の案内であり、学術的な検証とは性質が異なります。行動の頻度、関わっている個体数、いつから続いているのかも、公開情報からは分かりません。

デイビス海峡個体群の増減についても評価は割れています。前掲の表で示した約2,190頭(2005〜2007年)から約1,944頭(2017〜2018年)への推移は、年換算するとおよそ1%の減少ペースです。これは急激な悪化とまでは言えない水準のため、個体数調査を紹介したThe Wildlife Societyの記事は年約1%の微減としつつも、研究者の「個体群全体としては概ね良好」というコメントを伝えています。一方で地域ニュースは「記録的な頭数が確認され、健全に増えている」とも報じており、断定できる状況ではありません。

なお「温暖化でホッキョクグマは2100年までに絶滅する」という趣旨の予測も広く紹介されていますが、今回の調査では査読誌に掲載された元の分析まで遡ることができませんでした。そうした指摘があること自体は事実でも、確定した見通しとして扱うのは避けるべきでしょう。

ヒグマのサケ遡上採食と比べて考える

「季節的に集中する食料源を追って川へ行く」という発想自体は、クマ科の動物では珍しいものではありません。ヒグマ(グリズリー)が秋のサケの遡上に合わせて河川に集まる行動は、その典型として知られています。川という場所は、一年のうち短い期間だけ、とてつもない密度で栄養が流れ込む特殊な環境です。

ただし、ホッキョクグマの場合は前提が違います。ヒグマは陸の雑食動物として川を使いますが、ホッキョクグマは唯一の海洋性のクマで、栄養の本体を海氷上のアザラシに依存してきた種です。潜水して魚を捕った直接観察も、査読論文で確認できるのはクレスウェル湾の1例にとどまります。同じ「川に集まるクマ」に見えても、片方は本来の生活史の一部、もう片方は氷が消えた期間をしのぐための行動である可能性が高い——この違いは押さえておきたいところです。

ホッキョクグマを見られる場所

野生のホッキョクグマの生息域は、観光として気軽に行ける場所ではありません。ラブラドール半島北端のトルンゲート山脈国立公園(Parks Canada)は道路が通じておらず、アクセスは空路や海路に限られます。USGSが調査を行ったマニトバ州ワプスク国立公園も同様で、いずれも現地事業者の手配が前提となる地域です。

GPS内蔵ビデオ首輪を装着した成体オスのホッキョクグマが、カナダ・ワプスク国立公園の陸上にいる様子(USGS、パブリックドメイン、撮影: Anthony Pagano)

出典: USGS(Public Domain、撮影: Anthony Pagano)

日本国内で生きた姿を観察するなら、動物園が現実的な選択肢になります。旭川市旭山動物園はホッキョクグマを飼育・展示しており、公式の動物図鑑で体格や生態の解説も公開しています。展示の有無や公開時間は変更されることがあるため、来園前に公式サイトで最新情報を確認してください(2026-09-21時点)。泳ぐ姿や、水中をのぞき込む仕草を間近で見ておくと、クレスウェル湾で記録された「シュノーケリングのような探索行動」がどんなものか、想像しやすくなるはずです。

まとめ

ホッキョクグマが内陸の川に現れる理由を、研究データの範囲で整理すると次のようになります。

  • 海氷が消えている期間が延び、陸上での絶食に近い期間が長くなっている(ハドソン湾では3〜4か月、妊娠中のメスは最大8か月)
  • 陸上ではベリーや植生、鳥の死骸を食べているが、20頭中19頭が1日あたり平均約1.0kgずつ体重を減らしており、エネルギー収支は埋まっていない
  • 川は遡上魚が季節的に集中する場所で、陸上では数少ない密度の高い食料源になりうる。潜水して魚を捕る行動はヌナブト準州クレスウェル湾で査読論文に記録されている
  • ただしラブラドール半島での採食行動そのものを検証した査読論文は確認できていない。また、スバールバルでは体況が向上しており、結果は海域によって逆向きになる

「温暖化でホッキョクグマが川へ来た」という一行のまとめは、半分は当たっていて、半分は雑です。同じ種であっても、餌となる陸上動物が豊富な海域とそうでない海域では、起きていることが違います。次にホッキョクグマの話題に触れたときは、「どの海域の、どの個体群の話なのか」を確かめてみてください。そこを見分けられるようになると、断片的なニュースが一本の線でつながって見えてきます。

一次情報を自分で確かめたい方は、USGSの研究紹介ページPolar Bears Internationalの記事が入口として読みやすくおすすめです。

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