キツネはなぜ北北東に跳ぶと獲物を仕留めやすいのか|地磁気説を研究データから整理する
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雪原に立ったキツネが、じっと耳を澄ませたあと垂直に跳び上がり、頭から雪へ突っ込む。獲物の姿は見えていません。それでも仕留められることがあります。
この「マウジング」と呼ばれる狩りには、奇妙な偏りが報告されています。跳ぶ方角によって、成功率が大きく変わるというのです。この記事では、その研究が何をどこまで示したのかを、査読論文をもとに落ち着いて整理します。

出典: Hunting fox near Hayden Valley by Neal Herbert / NPS, Public Domain
結論
キツネは、磁北から時計回りに約20度ずれた北北東、またはその正反対の南西へ跳んだときに、狩りの成功率が高い傾向がありました。チェコの研究チームが野生のアカギツネ84頭による約600回の跳躍を記録した結果です(Červený et al. 2011, Biology Letters)。
方向による差は、雑学として流すには大きすぎるものでした。
| 跳んだ方向 | 狩りの成功率 |
|---|---|
| 磁北から時計回りに約20度(北北東) | 約73% |
| その正反対(南西) | 約60% |
| それ以外の方向 | 約18% |
研究チームはこの偏りから、キツネが地磁気を「獲物までの距離を測る基準線」として使っている可能性を提唱しました。ただし、これはあくまで仮説です。キツネが地磁気を感じ取る器官そのものは、まだ見つかっていません。
なお、北北東(約73%)と南西(約60%)は地磁気上は正反対の向きにあたるにもかかわらず、成功率には13ポイントの差があります。この非対称性がなぜ生じるのかについて、論文中で明確な説明は示されておらず、現時点では理由が分かっていません。
この結論はどうやって導かれたのか
ここからは、この結論がどんな観察から導かれたのか、そしてどこから先が未解明なのかを順に見ていきます。
キツネとはどんな動物か
キツネ(和名アカギツネ、学名 Vulpes vulpes)は、食肉目イヌ科イヌ属に分類される動物です。イヌやオオカミと同じ科であることは、後で触れる「イヌの研究」との比較で効いてきます。日本には2つの亜種が生息しています(よこはま動物園ズーラシア)。
| 亜種 | 学名 | 主な分布 | 体格 |
|---|---|---|---|
| ホンドギツネ | Vulpes vulpes japonica | 本州・四国・九州 | 体長50〜75cm/体重4〜7kg |
| キタキツネ | Vulpes vulpes schrencki | 北海道 | データなし(公表されている体格の数値は確認できませんでした) |

出典: Japanese Red Fox by Ken Ishigaki / CC BY 2.0
分布は広く、環境省生物多様性センターが2018〜2021年度に実施した中大型哺乳類分布調査では、沖縄県を除く日本のほぼ全都道府県でキツネの生息が確認されています(令和3年度 中大型哺乳類分布調査報告書)。身近な野生動物でありながら、その狩りの精度がどこから来るのかは、まだ十分に説明されていません。
なぜ北北東に跳ぶと成功率が上がるのか
Červený らの研究チームは、チェコで2年以上にわたり野生のアカギツネを追跡しました。対象は84頭、記録した跳躍は約600回にのぼります。観察のたびに「どの方角へ跳んだか」と「獲物を仕留めたか」を記録し、両者の関係を統計的に調べました。
その結果が、冒頭の73%・60%・18%という差です。差がとりわけ大きかったのは、高い草むらや雪に隠れて獲物が見えていない状況での跳躍でした(National Geographic の報道)。目で見えている獲物より、見えない獲物を狙うときにこそ方角が効いていた、という点が重要です。
マウジングとはどんな狩り方か
マウジングは、ネズミなどの小動物を狙うときにキツネが見せる独特の狩りです。まず耳を動かして、雪や草の下から届くかすかな物音の位置を絞り込みます。次に体を持ち上げ、放物線を描いて高く跳び上がり、頭から獲物へ突っ込みます。
視覚がほとんど使えない以上、キツネは音だけを頼りに「どのくらい先か」を推定しなければなりません。角度と距離の見積もりを、着地の一瞬で当てにいく狩りだと言えます。
時刻・季節・風向とは無関係だった
方角に偏りがあるなら、太陽の位置や風向きに反応しているだけではないか、という疑いが当然生まれます。研究チームはこの点を検証し、跳躍方向の偏りが時刻・季節・雲量・風向のいずれとも無関係であることを統計的に確認しました。
太陽や風で説明できないとなると、常に一定の向きを示す手がかり、つまり地磁気が候補として残ります。この消去法が「磁気レンジファインダー仮説」の出発点になりました。
メカニズムはまだ仮説の段階
磁気レンジファインダー仮説は、キツネが地磁気の傾き(伏角)を一定の角度で「見える」感覚として持ち、音源の方向とその基準線が重なる位置まで進んでから跳ぶ、という考え方です。同じ角度で跳べば、距離の推定を毎回同じ条件で行える、というわけです。
ただし、これは観察された相関に対する解釈であり、証明ではありません。キツネの体内で地磁気を感知する感覚器官や受容細胞は、現時点で直接同定されていません。2016年には加速度計と磁力計を積んだバイオロガーを野生のアカギツネに装着した研究が発表されましたが、対象は2頭で、測定手法の妥当性を検証する方法論の研究という位置づけです(Painter et al. 2016, Animal Biotelemetry)。

出典: Vulpes vulpes japonica1 by KENPEI / CC BY-SA 3.0
そもそも哺乳類が磁場をどう感じているのかについては、少なくとも2つの説が並立しています(前田・溝田「生物の磁気受容能とそのメカニズム」比較生理生化学)。
| 仮説 | 想定される仕組み |
|---|---|
| 磁鉄鉱仮説 | 体内の磁性粒子(磁鉄鉱)が磁場に物理的に反応する |
| 光化学反応(ラジカルペア)仮説 | クリプトクロムなどの光受容体で起きる化学反応が磁場の影響を受ける(目の中の分子が光を受け取る際、磁場によって反応の仕方が変わる、という説) |
どちらが実際に働いているかは確定していません。加えて、Červený らが観察したのはチェコに生息するアカギツネであり、日本のホンドギツネやキタキツネで同じ方向依存性を検証した研究は確認できていません(2026-09-02時点)。「日本のキツネも北北東に跳ぶ」と断定できる段階ではない、ということです。
イヌにも見られる「磁気アラインメント」
ここで別の動物の話を挟むのは、キツネの磁気感覚が特殊な能力ではなく、他の動物にも見られる現象だと確認するためです。方角に体を合わせる行動は、キツネだけの特殊能力ではありません。同じ研究グループ(Burda、Malkemper ら)は、70頭・37品種のイヌを約2年間観察し、排便1,893回・排尿5,582回を記録しました。その結果、地磁気が穏やかな条件下では、イヌが体軸を磁北―南軸に沿わせる傾向があることが示されています(Hart et al. 2013, Frontiers in Zoology)。
こうした「体の向きを磁場に揃える」現象は磁気アラインメントと呼ばれます。興味深いのは使い方の違いです。イヌの例は向きが揃うだけですが、キツネの場合は狩りの成否という結果に結びついている点で一歩踏み込んでいます。

出典: Fox standing in the snow by Jannette van der Boon / CC BY-SA 4.0
日本でキツネを観察できる場所
ホンドギツネは、よこはま動物園ズーラシアの「日本の山里」エリアなどで展示されています。動物園では跳躍する狩りの場面までは見られませんが、耳の大きさや体つき、音への反応の速さを間近で確かめられます。展示状況は変わるため、来園前に公式サイトで最新情報を確認してください(2026-09-02時点)。
野外では、前述の環境省調査のとおり沖縄県を除く広い範囲に分布しています。早朝や夕方の農地・草地の縁が観察の機会になりますが、野生動物には距離を取り、餌を与えないことが前提です。

出典: Fox in the snow by Raita Futo / CC BY 2.0
まとめ
分かっていることと、分かっていないことを整理します。
- 分かっていること: チェコでの84頭・約600回の観察で、北北東(約73%)と南西(約60%)への跳躍は、それ以外の方向(約18%)より狩りの成功率が高かった。この偏りは時刻・季節・雲量・風向では説明できなかった。
- 分かっていないこと: キツネが地磁気を感知する器官は未同定で、磁鉄鉱仮説とラジカルペア仮説のどちらが働いているかも未確定。日本の亜種で同様の検証は確認できていない。
「キツネは地磁気で獲物を捕らえる」と言い切ってしまうと、この研究のいちばん面白い部分が抜け落ちます。見えない獲物への跳躍だけに差が出た、という観察の細かさこそが読みどころです。
次にキツネを見かけたら、跳ぶかどうかではなく、跳ぶ前にどちらを向いて耳を立てているかを見てみてください。仮説の段階にある問いは、観察する側の目線も少し変えてくれます。
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