ワモンダコはなぜ色盲なのに周囲の色にそっくり化けられるのか|擬態の仕組みを研究データから整理する
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結論:ワモンダコは「色を見ずに」周囲へ化けている

出典: Day octopus Octopus cyanea, Maui Ocean Centre 4390.jpg by ImagePerson / CC BY-SA 4.0
ワモンダコ(学名 Octopus cyanea)は、岩やサンゴのそばに寄ると、背景に溶けたように姿を消します。ところがタコの仲間は、網膜に1種類の光受容タンパク質(オプシン)しか持たない一色型色覚、いわゆる色盲であることが実験で示されています(Stubbs & Stubbs, 2016, PNAS)。
色を識別できないはずの動物が、なぜ周囲の色に合わせられるのか。結論から言えば、「仕組みの半分は分かっていて、核心はまだ決着していない」というのが現在の到達点です。分かっているのは次の2点です。
- 皮膚の色素胞(クロマトフォア)が脳からの神経信号で数十〜数百ミリ秒単位で開閉し、体表の見た目を高速に切り替えられること(Mäthger et al., 2009, J R Soc Interface)
- 周囲全体を丸ごとコピーするのではなく、近くにある物体の特定の特徴だけを選んで真似ていること(Josef et al., 2012, PLOS ONE)
決着していないのは、色に関する情報をどこで受け取っているのかという点です。瞳孔の形を使って波長差を読み取っているという説と、皮膚そのものが光を感じているという説があり、どちらもまだ仮説の段階です。以下、順に見ていきます。
ワモンダコ(Octopus cyanea)とはどんなタコか
ワモンダコはタコ目(八腕形上目)マダコ科に分類される大型のタコです。和名の「輪紋」は、目のすぐ下にある目立つ丸い紋模様に由来します。基本データを整理すると次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学名 | Octopus cyanea Gray, 1849 |
| 分類 | タコ目(八腕形上目)マダコ科 |
| 全長 | 100〜120cm |
| 和名の由来 | 目のすぐ下にある丸い紋模様 |
| 分布 | 八丈島・四国以南、インド・西太平洋の熱帯サンゴ礁域 |
出典: 公益財団法人 黒潮生物研究所、沖縄美ら海水族館 魚図鑑(いずれも2026-08-28時点)

出典: Octopus cyanea Maldives.JPG by Ahmed Abdul Rahman / CC BY-SA 4.0
黒潮生物研究所の解説では、興奮したときに全身へ白い斑点が浮かぶ反応も報告されています。体表の模様は固定的なものではなく、状況に応じて刻々と書き換えられる情報の表示面だと考えると分かりやすいでしょう。
ワモンダコはどうやって一瞬で色や模様を変えているのか
色素胞(クロマトフォア)と神経制御
頭足類の皮膚には、色素の入った袋を筋肉で引き伸ばして広げる色素胞という器官が並んでいます。この筋肉は脳から皮膚へ直接送られる神経信号で制御され、数十〜数百ミリ秒という単位で開閉することが報告されています(Mäthger et al., 2009)。
さらに色素胞の下層には、光を反射する虹色素胞や白色素胞が重なっています。上の層で色の濃淡を作り、下の層で反射の質を変える。この組み合わせによって、単なる色替えではなく、質感を伴った見え方の変化が生まれます。
野生ではどれくらいの頻度で変えているのか
Hanlon、Forsythe、Joneschild の研究(1999, Biological Journal of the Linnean Society 66巻1号)は、タヒチとパラオのサンゴ礁で採餌中のタコをビデオ撮影し、体表パターンの変化を定量的に数えました。7.5時間の記録で、変化の頻度は平均2.95回/分。1時間あたりおよそ177回という計算になります(論文ページ)。
同じ研究では、高度に隠蔽的な体色パターンを示した割合がタヒチで54%、パラオで31%と、場所によって差があったことも記録されています。ワモンダコの擬態は「常に完璧」ではなく、環境や状況によって使い分けられている行動だと分かります。

出典: 沖縄美ら海水族館 魚図鑑
周囲全体ではなく「近くの物体の特徴」を選んで真似る
Josef、Amodio、Fiorito、Shashar の研究(2012, PLOS ONE 7巻5号)は、紅海エイラット北部と地中海ナポリ南部の岩礁で、野生のワモンダコとマダコ(Octopus vulgaris)を観察しました。その結論は、擬態の考え方を大きく変えるものでした。
when camouflaging, Octopus cyanea and O. vulgaris base their body patterns on selected features of nearby objects rather than attempting to match a large field of view
(擬態の際、ワモンダコとマダコは、広い視野全体に合わせようとするのではなく、近くにある物体の選ばれた特徴に基づいて体のパターンを決めている)
つまりタコは、風景全体を写し取る高性能カメラのように振る舞っているのではありません。すぐそばの岩や海藻から、輪郭や明暗といった特徴をいくつか抜き出し、それらしく見える組み合わせを作っている。処理する情報を絞り込む省エネな戦略だと言えます。
色を識別できないのに、なぜ色に合わせられるのか
ここが本題です。頭足類が一色型色覚であるという実験的な根拠は繰り返し示されています(Stubbs & Stubbs, 2016, PNAS 113(29))。この矛盾を埋めるために提案されているのが、次の2つの説です。どちらも仮説の段階です。
| 説A: 色収差説 | 説B: 皮膚光受容説 | |
|---|---|---|
| 主張 | 変わった形の瞳孔が波長ごとのピントのずれを強調し、色を識別せずに波長の違いを検知している | 皮膚そのものに光受容体があり、目とは独立に光を感じている |
| 根拠となる研究 | Stubbs & Stubbs (2016, PNAS) の理論モデル | Ramirez & Oakley (2015, J Exp Biol) の摘出皮膚実験 |
| 対象 | 頭足類全般(理論計算) | カリフォルニアマダコ(Octopus bimaculoides) |
| 限界 | 実際の行動での検証は今後の課題 | ワモンダコでの確認例ではない |
説A: 瞳孔の形が波長の違いを教えている
Stubbs & Stubbs (2016) は、頭足類に特有のU字型・W字型といった変わった瞳孔の形に注目しました。色収差(波長によってピントの合う位置がずれる現象)はふつうレンズの欠点ですが、この瞳孔形状はむしろ色収差を強調するように働き、ピントのぼけ方から波長の違いを読み取れる可能性があるという理論モデルを提示しています(PNAS)。メガネの度が合っていないと、色によって輪郭のにじみ方が違って見えることがありますが、それに近い仕組みだとイメージすると分かりやすいかもしれません。色を色として見るのではなく、ぼけ具合という別の手がかりに変換して波長情報を得ているという発想です。
説B: 皮膚そのものが光を感じている
もう一つは、目以外の場所で光を受け取っているという説です。Ramirez & Oakley (2015, Journal of Experimental Biology 218巻) は、カリフォルニアマダコ(Octopus bimaculoides)の皮膚を切り出して光を当てる実験を行いました。すると目とは無関係に色素胞が広がる反応(光活性化色素胞拡張、LACE)が起き、さらに皮膚組織そのものにオプシンなど光を感じる遺伝子が働いていることも分かりました(J Exp Biol)。
ただし注意が必要です。この実験の対象はワモンダコとは別種のカリフォルニアマダコであり、ワモンダコで同じ機構が確認されたとする研究は、本記事の調査範囲では見つかりませんでした。「タコの皮膚は光を見ている」と一般化して語られることがありますが、種を越えて成り立つかどうかはまだ確かめられていません。
なお、頭足類の色覚をめぐる学習実験は種や実験条件によって結果が分かれているとされ、ワモンダコ自体を対象にした色覚の実験報告も確認できませんでした。現時点では「色盲とされる種の擬態」という問いに、単一の答えは出ていないと理解しておくのが正確です。

出典: NOAA
他の頭足類の観察結果と比べると何が見えるか

出典: 沖縄美ら海水族館 魚図鑑
ワモンダコとマダコ(Octopus vulgaris)は近縁の別種で、観察された海域も紅海と地中海で離れています。それでも両種は「周囲全体ではなく近くの物体の特徴を選んで真似る」という同じ戦略をとっていました(Josef et al., 2012)。擬態が種ごとの特殊技ではなく、頭足類に共通する情報処理のかたちである可能性を示す結果です。
頭足類の体色制御は、同じ仲間のコウイカでも研究が進んでいます。沖縄科学技術大学院大学(OIST)は2023年、コウイカの色素胞制御に関する研究成果を公開しました(OIST)。神経が直接皮膚を書き換えるという仕組み自体は、種を越えて頭足類に共通しているようです。
ワモンダコに出会える可能性がある場所
もっとも確実なのは、自然の海で出会う方法です。分布は八丈島・四国以南、インド・西太平洋の熱帯サンゴ礁域とされているため、南西諸島の浅いサンゴ礁でシュノーケリングやダイビングをすれば、野生のワモンダコに遭遇できる可能性があります。岩やサンゴの隙間にじっと潜んでいることが多いため、色そのものより輪郭の違和感を手がかりに探すのがコツです。
水族館での展示は個体の状態に左右され入れ替わりも早く、常設とは限りません。
- 沖縄美ら海水族館 魚図鑑 にワモンダコのページがありますが、同ページには「※現在展示は行っておりません」と明記されています(2026-08-28時点)
- 高知県立足摺海洋館SATOUMIでは、2021年7月23日に撮影された展示個体の写真が公開されています。ただし過去の記録であり、訪問時点の展示を保証するものではありません
水族館で確実に見たい場合は、訪問前に公式サイトや問い合わせ窓口で最新の展示状況を確認してください。

出典: Octopus cyanea Satoumi.jpg by Totti / CC BY-SA 4.0
まとめ
ワモンダコが色盲とされながら周囲に化けられる理由は、「色を見て合わせている」という前提そのものを疑うと見えてきます。分かっているのは、神経が直接動かす色素胞によってミリ秒単位で体表を書き換えられること、そして周囲全体ではなく近くの物体の特徴を選んで真似ているという野外観察の結果です。
一方で、波長の情報をどこで受け取っているのかは未解決です。瞳孔の形が色収差を手がかりに変えているという説と、皮膚自体が光を感じているという説があり、後者はワモンダコとは別種での報告にとどまります。「タコは皮膚で色を見ている」と断定する解説を見かけたら、対象の種を確かめてみてください。
次に水族館やサンゴ礁でタコを見かけたら、色そのものよりも、体表の凹凸や輪郭の出し方が周りの何に似せられているかを観察してみてください。これが本記事から一番持ち帰ってほしいことです。なお、研究の一次情報はPLOS ONEやPNASで誰でも確認でき、水族館の展示状況は来館前に公式サイトで確認するのが確実です。
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