東京湾のスナメリはなぜ都心近くに生息できるのか|生態と分布から読み解く適応の理由
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東京湾のスナメリはなぜ都心近くに生息できるのか|生態と分布から読み解く適応の理由

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千葉県の富津岬沖で、30頭以上の小さなクジラの群れが見つかった。そう聞くと、東京湾にクジラがいるのかと驚く人も多いはずです。その正体は、体長1.5m前後の小型のハクジラ類「スナメリ」です。

大都市のすぐそばの海で、スナメリはなぜ暮らせるのでしょうか。この記事では、研究機関や行政機関の公開情報をもとに、分かっていることとまだ分かっていないことを分けて整理します。

宮島水族館で撮影されたスナメリ。背びれがなく、丸い頭をしている

出典: Neophocaena phocaenoides at Miyajima Aquarium by ori2uru (kenichi nobusue) / CC BY 2.0(Wikimedia Commons

結論

まず結論です。公開データを重ねると、東京湾のスナメリが都心近くで暮らせる理由は、次の2つの重なりとして読み解けます。

  • もともと浅く岸に近い海を好む動物である: スナメリは水深50m未満の砂底の海域にすみ、瀬戸内海では岸から2km以内に多く分布すると報告されています(環境省 せとうちネット
  • 東京湾奥部で目撃が集中している: 東京湾での目撃は千葉県浦安市から市原市沖に集中しており、研究チームは湾奥部が重要な生息海域である可能性が高いとしています(東京海洋大学 プレスリリース

つまり「都会に合わせて変わった」というより、浅い沿岸を好むもともとの性質と、東京湾奥部の浅い海がかみ合っていると考えられます。ただし、これは生態的な特徴を並べた説明にとどまります。「東京湾のスナメリがなぜ都心近くで暮らせるのか」を直接検証し、因果関係まで結論づけた研究機関の発表は、2026-09-23時点では確認できていません。この点には注意してください。

以下では、スナメリの基本情報、東京湾で暮らせる理由、未解明の点、他の生息地との比較、観察できる場所の順に見ていきます。事実はすべて研究機関・行政機関の公開情報にもとづき、推測にあたる部分はその旨を書き添えます。

スナメリの基本情報(分類・和名/学名・生息域・大きさ)

スナメリは、クジラの仲間の中でも歯を持つグループ「ハクジラ」に属する小型の種です。イルカもこのハクジラの仲間に含まれます(正式には鯨偶蹄目ハクジラ亜目ネズミイルカ科スナメリ属に分類されます)。成体の体長は1.4〜1.6m、生まれたときは0.7〜0.8mほどです(国立科学博物館 海棲哺乳類データベース)。

外見の最大の特徴は、背びれがないことです。背中の中央に高さ2〜3cmほどの低い隆起があるだけで、名古屋港水族館のスタッフコラムも国立科学博物館も、これを見分けのポイントに挙げています(先頭の写真でも、背びれのない丸い背中が確認できます)。

学名は、国立科学博物館や鳥羽水族館の生きもの図鑑では Neophocaena asiaeorientalis と表記されています。ただし2018年の遺伝解析をきっかけに、長江の集団と日本・中国沿岸・朝鮮半島の集団を別種または別亜種とする説が提唱されました。分類は研究者の間でまだ統一されていないとされています。

なぜ都心近くの浅い海で暮らせるのか

スナメリの生態から見ると、東京湾奥部の浅い海は「もともと好む条件」に近い環境だと考えられます。ここでは、生態的な特徴と東京湾での実測データを順に見ていきます。

浅い砂底と岸近くを好む沿岸性

環境省 せとうちネットによると、スナメリは水深50m未満の砂底の海域にすむとされます。瀬戸内海での観察では、岸から2km以内に多く、岸から6km離れると生息密度が10分の1に下がると報告されています。

沖合の深い海ではなく、陸のすぐそばの浅い海が本来のすみかです。都市が海岸に面している東京湾では、この「岸に近い浅い海」がそのまま都心の近くにあることになります。

小魚からエビ・イカまで幅広く食べる

食べ物も身近な生きものが中心です。エビなど海底にすむ甲殻類から、コノシロ・イカナゴ・カタクチイワシなど群れをつくる小型の魚、イカまで幅広く食べます。1日に体重の約5%を食べると推定されています。

ただし、これは瀬戸内海での観察にもとづく記述です。東京湾のスナメリが何を主に食べているかを示した資料は、本稿の調査範囲では確認できませんでした。

東京湾奥部での目撃集中という実測データ

東京海洋大学の研究チームは、2024年7月〜2025年2月に市民から寄せられた41件の目撃情報を検証しました。そのうち27件を東京湾でのスナメリの目撃と確認し、約85%が2頭以上の群れでした(東京海洋大学 プレスリリース、2025年5月30日発表)。

目撃は千葉県浦安市から市原市沖にかけて集中していました。地図で見ると、浦安市から市原市沖にかけては東京湾でもっとも奥まった一帯にあたり、都心から見て東側の海岸線にあたります。また2024年9月には、そこから湾の出口寄り・対岸に近い富津岬沖で30頭以上の群れが確認されています。東京湾内では過去最多で、国内の記録でも3番目に多い頭数だったと発表されています。

この目撃データはどうやって集められたのか(市民科学という調査手法)

「湾奥部に目撃が集中している」という分布の手がかりは、通常の調査方法ではなく、市民から寄せられた情報の積み重ねから得られたものです。東京湾は空域の制限があるため、飛行機からの空撮調査が難しい海です。練習船による目視調査でも、発見例は多くありませんでした。

そこで研究チームは、SNSを通じて市民から目撃情報を集める「市民科学」という手法を採りました。市民科学とは、一般の人が観察や記録で研究に参加する方法です。手法に制約があったからこそ、上で見た湾奥部への集中という分布の手がかりが、まず市民の目撃報告から見えてきたことになります。

分かっていないこと・調査が進行中であること

東京湾のスナメリの研究は、まだ始まったばかりの段階にあります。現時点で断定できない点を整理します。

テーマ 分かっていること 分かっていないこと
ヘリコプター調査 東京海洋大学の中村玄准教授らが日本哺乳類学会2026年度大会(2026年9月11〜14日)でポスター発表 発表要旨の中身・結論は未確認
水質改善との関係 水質改善で餌の小魚が増えたという説明が一部メディアに見られる 因果関係を直接検証した一次資料は確認できず
分類 国立科学博物館は N. asiaeorientalis と表記 別種・別亜種の扱いは研究者間で未確定
保全状況 都道府県のレッドデータブックでランクが異なる 全国一律のカテゴリーは確認できず
過去の生息状況 「江戸前の小さなクジラ」という愛称がある 江戸時代などの歴史的な個体数の記録は確認できず

学会発表のタイトルは「見えてきた。東京湾でのヘリコプター調査によるスナメリの分布と生態」です(東京海洋大学 鯨類学研究室)。空からの調査も進められていることが分かり、分布や生態の理解は今後さらに進むと期待されます。

このほか、水温や塩分の変化に強い体質を理由に挙げる解説もあります。ただし本稿で確認した公的資料では、この点と東京湾での生息を結びつけた記述は見つかりませんでした。

近縁種・似た環境に暮らす仲間との比較

スナメリは東京湾だけの動物ではありません。環境省の解説が示すとおり、瀬戸内海も代表的な生息地のひとつです。

広島県竹原市沖では、阿波島南端の「白鼻岩」を中心とする半径1.5kmの海域が、「スナメリクジラ廻遊海面」として1930年(昭和5年)に国の天然記念物に指定されました。竹原市の解説によると、指定当時は30〜50頭の群れが見られましたが、その後5〜6頭程度に減ったとされています。餌となる小魚の減少が一因と考えられています。

比較項目 東京湾奥部 竹原市沖(瀬戸内海)
確認された群れ 30頭以上(2024年9月、富津岬沖) 指定当時30〜50頭、その後5〜6頭程度
位置づけ 重要な生息海域の可能性が高い(研究チーム) 1930年に国の天然記念物に指定
課題・論点 分布・生態の調査が進行中 餌の小魚の減少が一因と考えられる

スナメリ属(3種)の世界的な分布を示す地図

出典: 江豚的分布 by 瑄巧仔 / CC0(Wikimedia Commons

実際に見られる場所

野生のスナメリの目撃は、東京湾では前述の浦安市〜市原市沖(湾のもっとも奥まった一帯)や、湾の出口寄りの富津岬沖で報告されています。ただし、いつ見られるかは分かりません。

東京湾で鯨類を見かけたら、東京海洋大学 鯨類学研究室が連絡を呼びかけています。連絡方法はページで確認してください。

確実に姿を見たいなら水族館が近道です。名古屋港水族館や鳥羽水族館はスナメリの解説を公開しています。展示の有無や時間は変わることがあるため、訪問前に各館の公式サイトで最新情報を確認してください。

まとめ

東京湾のスナメリがなぜ都心近くで暮らせるのか。その答えを直接示した研究は、2026-09-23時点ではまだありません。ただ、水深50m未満の砂底と岸に近い海を好む性質、身近な小魚やエビを幅広く食べる食性、そして浦安市〜市原市沖に集中する目撃データを並べると、東京湾奥部の浅い海がスナメリの好む条件と重なっていると考えられます。

ヘリコプター調査などの研究は進行中で、今後の発表で分かることは増えていくはずです。東京湾で背びれのない小さなクジラを見かけたら、研究室への情報提供で調査に参加できます。まずは水族館で、背びれのない背中を自分の目で確かめてみてください。

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